キャリア・コンサルタント協同組合 風 巻 融
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前回、イノベーションのために活用できる七つの機会についてふれた。私は、第8の機会というものを考えても良いと思う。それは、第1の「予期せぬできごと」であり、第2の「ギャップがあること」でもあり、第3から第7にいたるどの機会にもあてはまるようにも見えるものである。それが何かと言えば、地球環境の変化・気候変動である。
2015年12月、2020年で失効する京都議定書以降の新たな枠組みとして、全196ケ 国が参加するパリ協定が全参加国の合意により採択された。大変結構なことであるが、
ワクワク心躍るものがない。
地球環境問題や気候変動への対応には、宇宙ステーションのように、ワクワクと心躍らされるものがない。宇宙ステーションや宇宙開発にはメリットがあまりなさそうであるのに、夢がある。わが国の場合、ミサイルを造って輸出するわけではないので、せいぜい、人工衛星打ち上げビジネス機会と宇宙ステーションへの補給物資の輸送(こうのとり)位で、あとは技術力のデモンストレーションにしかならない。それでも,人々は、そして子供たちは喜々としてTVのロケット打ち上げシーンや宇宙飛行士とのインタビュウに見入っている。
NASAやJAXAの活動は宇宙ステーションや宇宙ロケットだけではない。航空機、航空輸送も大きな開発課題であり、この分野は、実は、大変な成長市場なのである。現在、世界の産業のテクノロジーフロンティアは、自動車産業を核にして発展している。自動車産業が後退するとは言わないが、テクノロジーフロンティアの役割は、15年以内に、航空産業にシフトするだろう。見方によっては、もうシフトは始まっている。生産台数こそ自動車産業には遠く及ばないが、自動車に加えて、鉄道、船舶、そして航空機などによって形成されている輸送機器産業、輸送システム市場の成長性は非常に高い。右肩上がりに成長する市場・産業を上手に育て、経済発展へ導かないと、世界の繁栄はあり得ない。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)がやっているのは、宇宙だけではない。航空環境、航空安全にかかわる研究開発プログラムのほか、航空新分野創造プログラムなどが行われている。
なかには、液体水素を燃料とするターボジェットエンジンを搭載して、東京?ロスアンジェルス間を2時間(マッハ5)で運行可能とする極超音速旅客機プロジェクトなどというものがある。私は1970年代から、計測器メーカーの人間として、数多くのプロジェクトにかかわり、実験/実証実験のお手伝いをした。1975年には極超音速風洞の実験が始まっていた。当時は、空対空ミサイル機体の空力特性を調べるための、ペンシルロケットサイズのモデルを使っての実験用風洞を使ってのものであった。2014年には、極超音速旅客機用のエンジンをマッハ4で飛行している条件での実験に成功している。この40年間の努力と成果は大変なものである。
の部品総数が1台あたり10万個以下であるのに対して、航空機の場合、1機あたり100万個をこえるマッハ5クォリティの強度、精度の部品が必要になる。100万個をこえるマッハ5クォリティの強度、耐久性、精度の部品を新たに開発するのに、仮に1個当り1人・年(一人で一年掛り)の専門家の工数が必要だとすると、部品を開発するだけで100万人・年の総工数が必要なことを意味する。ワクワク心躍らされる原因はこの辺にありそうである。実際には、たとえば何かの耐熱部品を造るには、新しい耐熱材料が必要になり、その材料に合わせた加工技術、新しい専用設備の開発を行わなければならない。たとえば、螺子(ねじ)一本から、そういうアプローチが必要になる。非常に大きな、底辺の広いテクノロジーピラミッドを開発することを意味する。各方面の専門企業のプロジェクトへの協力・参加を加えると、数百万人・年の工数が投入されることである。これらの人々は高いモティベーションと技術力をもったいろいろな分野の新しいテクノロジストの集団になる。
成功した近代産業のいくつものセグメントでは、所定の年月をかけて、テクノロジーリスクとマーケティングリスクを克服して、新しいテクノロジー集合を開発して来た。このアプローチを推進するのは、まだこの世にない知識と「もの」をつくり出して行くという、創造的プロセスをいかにマネジするかということである。それは、まこと、いかに人々、ひいては社会に、高いモティベーションを持ち続けさせるかにある。モティベーションを行動哲学として組織化するという、企業や研究開発機関のマネジメントの課題でもある。
モティベーションは,与えることはできない。自発的なボトムアップによって獲得して行くもので、与えられたモティベーションなどというものは存在しない。それに対して、マネジメントとはトップダウンのものである。しかも、マネジメントは、トップダウンでありながら、若手の自由で無責任・勝手な心を捉えることができなければ、トップダウンは企業として実行力の伴わないものになる。
自動車産業や航空機産業のように、発展する産業は必ずフロントラインのテクノロジーが必要で、商品開発に成功するには、常に最先端のテクノロジーリスクとマーケティングリスクを克服して、新しいテクノロジー集合の商品を開発して来た。そのため社長は最先端テクノロジーを良く知る人物であることが必要である。
1979年、ハーバード大学の教授であったエズラ・ヴォーゲルによって“ジャパンアズナンバーワン”が書かれたアメリカでは非常な危機意識が広がっていた。1980年代に入ると、MITには、米国籍の学生のみを受入れ、2年間でMS(理系修士)とMBA(経営学修士)を同時に修得させるコースを新設した。トーマス・マグナンティ教授のもとに、全学が協力して、夏休みも冬休みもない、連日午後7時までの特訓コースがつくられた。さすがに米国籍以外の学生も受入れるようになり、現在も継続されていて、何人もの大企業のCEOを輩出している。先端テクノロジーが必要な企業のトップは、自ら先端テクノロジーの分野で実績をあげたテクノロジストでなければ勤まらないということである。
こういう局面に立つ社長は何をしたらよいかを次回以降に考えたい。
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