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≪CCKビジネス/ものづくりお役立ち市場メールマガジン≫
 

≪ビジネス/ものづくりお役立ち市場 マガジン  vol. 003 ≫


3.第3文明の出現とそのパラダイム

      1.1. テクノロジーについて1 (6回)

キャリア・コンサルタント協同組合 風 巻  融

 

  第2文明のパラダイムを創り出したのは、効果的な食料生産を可能にする灌漑農業のプロトテクノロジーの発明・出現であった。  この第2文明のパラダイムは、19世紀におこった近代産業テクノロジーの革新、産業資本主義、合理主義、近代民主主義の潮流などを特徴とする第3文明のパラダイムへと、大規模なシフトを起こした。第3文明のパラダイムのなかで、第4文明のパラダイムとなるべきプロトテクノロジーが始まっている。  

パラダイムとは、支配的な/特長的な一般理論、枠組み、方法論、規範、模範を意味することばであるが、アメリカの科学史家トーマス・クーンが『科学革命の構造』(1962)という著書で、科学史、科学哲学上の特定概念として提唱したことから、パラダイム、パラダイムシフトについて広く論議が起こるとともに、クーンの提唱を拡大して広く用いられるようになったことばである。もともとは「天動説のパラダイムから、地動説のパラダイムへのシフト」のような、考え方の転換が引き起こす科学的認識の変化のことであった。トーマス・クーンは科学史の専門家として、ハーバード大学、UCバークレイ、プリンストン大学、MITなどの教授を務め、全米科学史学会会長も務めている。

クーンは自身の意に反する理解と、あらぬ議論に巻き込まれたため、のちにパラダイムの提唱を撤回し、新しくdisciplinary matrix という再定式化概念を提唱した。これまた厄介な概念で、日本では「専門母型」、「専門図式」などの訳語があてられている。科学やテクノロジーの世界では、discipline/disciplinary は専門領域を意味し、最近では、自然科学に限らず、全ての学術的研究開発の世界で専門領域の意味に用いられる。さらには、科学技術政策論や行政機関でも、専門領域の意味に用いられている。 

 そういう点では、ディシプリンは、クーンの意には沿わないであろうが、専門領域という意味の一般的なパラダイムに含めて差し支えないと思う。 ディシプリンに対してマトリクスは一筋縄では行かない。ラテン語のmater + ixに由来する英語matrixで、ラテン語materは子宮とか母を意味し、産み出すもの、産み出す機能とされる。 医学、生物学、生化学、場合によっては化学の世界では、なんの躊躇いもなく、産み出す機能の意味に用いられる。基盤、基質などの訳語が当てられることもあるが普及していない。 ましてや、子宮体や母体と訳されることもあったが、採用されることはなかった。材料学の分野で、複合材料の「母材」などと呼ばれている。

 田中耕一が2002年ノーベル化学賞を受賞した質量分析テクノロジーにおける「マトリクス支援レーザー脱離イオン化法」は、生化学系などの、レーザー照射によって損傷を受け易い分析試料と、レーザー照射によって瞬時にイオン化が行われるマトリクスとの混合物(混晶と呼ばれる)をつくり、試料共々一気にイオン化して試料の脱離イオンを得ている。この脱離イオンの飛行時間(time of flight)を測定して、試料の質量(原子量)を知る方法であるが、ここでマトリクスは脱離イオンを産み出す母材の意味である。

 

 電子工学や通信工学やオーディオ工学、コンピュータ工学(科学ともいわれる)の領域では、かなり異なったマトリクス像をもって対象が捉えられる。カラー液晶ディスプレイのRGB信号の駆動マトリクスとか、FMステレオ、ドルビーサラウンドなど多チャンネルデジタル通信の信号合成、分離、記録、再生における演算処理マトリクスとか、もっと一般化して線形代数における行列処理マトリクスなど、バーチャルな実質的空間で擬似的リアルを産み出すテクノロジー開発のマトリクス像/時間・空間像としてとらえられる。サイバースペースを新しいテクノロジーを産み出すマトリクスとして体験し始めたことである。これこそ、第3文明が第4文明へ進化するためのプロトテクノロジーの出現である。 1964年に初めて訪米した私は、日米の大勢の方にいろいろ教えられているあいだに、コンピュータ用のディスプレイ装置に興味をもった。 コンピュータテクノロジーと通信テクノロジーと半導体デバイステクノロジーとの、クロスディシプリナリに密接な関係は、すでに1970年代初頭に始まっていた。パソコン用のシングルチップ半導体デバイスの見通しが立ち、1981年には32bit シングルチップの量産が始まった。この時期、日本の電子産業は、同時期に始まったイーサーネット、USB、デジタルオーディオ、デジタルTV(HDTV)、CG、インターネットのラウーター、UNIXワークステーションなどのエンジン、携帯電話用のSoSなどの電子産業の発展するセグメントの全てで、後塵を拝する立場に転落してしまった。それは、コンピュータテクノロジーと通信テクノロジーと半導体デバイステクノロジーとの、クロスディシプリナリに密接な関係性そのものを、バーチャルな実質的空間でリアルを産み出すテクノロジー開発のマトリクス像/時間・空間像としての戦略構築に失敗したからだと思う。アメリカでは、国防省主導で行われたDARPAnet(のちのインターネット)を始めとして、イーサーネット、JPEG/MEPG、UNIXなど、いくつものコンソーシアムが立ち上がり、その結果、いくつもの強力なデファクト標準ができあがっていた。クーンのいう「disciplinary matrix」であり、パラダイムシフトを起こす動きであったが、日本勢は、そのどの一つにも貢献していなかった。ハイビジョンやデジタルTVやデジタル携帯電話についても、のちにガラパゴス化と揶揄されることになった。 私見であるが、ガラパゴス化への落し穴に嵌ったのは、1970年にIBM社が発表したシステム360からシステム370への移行にあたって、同時にベールを脱いだ『バーチャルメモリ』を『仮想メモリ』とした大変な誤訳に端を発するように思う。

 

  S370は、主記憶に半導体デバイスを採用すると同時に、磁気テープ装置を廃止して大容量のDASD(Digital Access Storage Device)と自称するディスク装置と組み合わせて、32bitのCPUでありながらプログラムからアクセスできるメモリー空間を無限大にまで拡大した。今日、パソコンに至るまでのあらゆるコンピュータシステムに適用されている、新しいコンセプトの確立であった。同時に、S360に群がっていたプラグコンパティブルの磁気テープ装置メーカーの浸食を排除してしまった。 問題は、本来「実質の」という意味の「バーチャル」を「仮想の」、「疑似の」と訳したことにある。「バーチャルメモリ」「バーチャルシステム」「バーチャルネットワーク」などについては、コンピュータシステム内の複数の物理リソース(複数のDASD装置群やサーバ群、ラウター群)を単一の論理リソースに見せかける」という実用的定義に依拠していた。IFIPやIEEEの多数の論文に見られる。専門家は正しく使っていたように思う。 日本では、S370の登場で、バーチャルということばが、にわかにビジネス界を始め、市民のあいだに登場した。誰が訳したか定かでないが、「仮想記憶」という漢字/漢語翻訳された外来語が颯爽と登場した。なんだか良く解らないが、新しくてかっこう良く見えた。「仮想化」や「仮想現実」などという誤ったシステム概念まで登場した。後日、廃止された国語審議会の受皿となった国語研究所(独法)の外来語委員会が、いろいろ提唱したが、あとの祭となってしまった。誤訳に基づいたICT関連の教科書や解説書、論文で勉強した若者たちはいい迷惑である。

最近は、この種のシステム的に新しい理念を含む外来語は、無理をして訳語をつけず、片仮名表記にする傾向、もとの外来語の大文字省略表記(たとえばCG、ICT)が流行る傾向にある。 すくなくとも、ICTの分野で、英語のvirtualは「表現上は違うことがあるが実質そのものである状態」で、一般の辞書にある通り「実質上の」と訳されるのが正しい。しかし、ICTの世界における「サイバー空間上のマトリクスの理念に立脚した実質」という意味合いは、このようにいくら訳語を工夫しても発散するだけである。

 なぜなら、このような言語の用法が、第4文明のパラダイムを代表するものの一つだからであり、そのテクノロジーが、まさに高度に集約された第3文明のパラダイムの中でのみ生まれでた人工的なマトリクスとの共生だからである。人工的な言語、工学的な空間によってつくられたICTについての巾広い教養を、普通の人々が身に着けるまでは、繰り返し起こることであろう。日本語は、文明開化以後、ヨーロッパ生れの新しい学問や概念を、必死になって漢字/漢語を用いて翻訳し、学習した。しかし、第4文明のパラダイムに属する新しいパラダイムが現れ始めると、漢字/漢語が表現の限界を超えたテクノロジーの発明や科学上の発見が現れている。 巾広い教養は、同時に、高度な専門的教養の入口でもある。MITには、修士課程の2年間にMSとMBAを同時に取得させるコースを1980年代初頭から設けている。夏休み、冬休み、春休みなしという猛烈なコースで、技術系企業の経営者の候補たるべき人材の育成に務めている。CGなどのサイバー空間上のマトリクスに関わるテクノロジーを専攻したい者は、高校で線形代数の基礎を選択履修していなければ、受験資格が与えられない。わが国で、理T類に合格した多数の学生が、物理を履修していなかったという事件が起きて、入学後に物理の補習を行ったりしているのとは大変な違いがある。ガラパゴス化はこういう環境から生まれたとみるべきである。

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      1.2. テクノロジーについて 2 (7回)

 

キャリア・コンサルタント協同組合 風 巻  融

 自然科学における対象は物質の振る舞い(behavior of object)であるから、文明のパラダイムが変わっても、対象そのものは変化しない。テクノロジーや社会科学の場合、対象は人工物であり、人間と組織であるから、人々は、そのときパラダイムとされているものに従って価値を評価し、 行動する。 言い換えれば、文明にとってパラダイムの変化は重大なできごとになる。したがって、文明の性質を決定する諸パラダイムのセットとその組み合わせのネットワークが、非常に重要になる。 文明の構成要素とは、大きな人口、効率的な都市、効果的な食料生産、効果的な産業生産、冶金から始まった合理的技術と科学の発達、支配的な芸術の様式、信仰・祭礼・記念碑的建造物、職業と階級の分化、富の所有・配分・再生産に必要な社会の統治形態、通貨などがあげられる。

 

人類は、より良く生きるためにテクノロジーを開発した。火を制御し、衣食住にかかわるテクノロジーを根気良く開発した。人類が最初に発揮した知能は、アナロジーの発見であるといわれている。繰り返し行われる行動の結果、似ている物事を知識として記憶し、知識を再利用するなかからテクノロジーが生まれた。知識の再利用は、個人的なもので、秘伝の奥義のようなものであった。食料の採集も、農耕も、その技術の上手下手は個人の蓄積された技能の程度によって決まっていたであろう。 第1文明の性質は、文明社会を構成する社会の骨組みが出現する以前の状態を表している。人類は強力な統治機構を必要とする程の人口に達していなかった。衣食住に関わるテクノロジー以外の人工物で、原始社会に、最初に文明的な統合のパラダイムをもたらしたのは、信仰、祭式に関するものであった。

 

自然の驚異に小さなコミュニティを守るためのあらゆる努力のなかで、プロトテクノロジーと呼ぶべきあらゆる種類のテクノロジーの原型が産み出された。 第2文明のパラダイムは、文明社会に欠かせない社会と政治の骨組が、灌漑農業のテクノロジーによって、文明の夜明けとして出現し、確立したことを意味している。

・第一に灌漑都市は統治の機構として恒久的な機関、非属人的な政府を創設し、正真正銘の官僚を生み出した。飛躍的に高まった生産性のおかげで蓄積された余剰の富を護るために常備軍を持たざるをえなくなった ・第二に、社会的な階層を生んだ。余剰を生んだがゆえに市場を生んだ。市は商人を生んだだけでなく、貨幣、信用、法律を生み出したことをも指摘する。とくにその法律は、19世紀の通商条約とさほどの開きのない、国際法上の正義と秩序を与えているという。

・第三に、灌漑都市は、はじめて知識なるものを生み、それを再利用する目的で体系化し、制度化した。水を得るための灌漑、治水の構築物を建設し、維持するための知識を必要としたがために、また複雑な商取引を管理するために必要があって文字が生み出され、知識の加工と教育が行われたという。これら活動を通じて、自然や社会を観察し、測定し、独自の合理的法則に支配されるものとして捉えた。

・第四に、個人なるものが生み出されたという。(ドラッカー、1965、“アメリカ技術史学会会長講演”??古代の技術革命に学ぶべき教訓??『テクノロジストの条件』所収) 第3文明のパラダイムは、成熟した文明社会に必要な、新しい社会と政治の骨組を、産業資本主義を生成し、発展させ、持続させることのできるテクノロジーによって、文明の進化形として出現させ、提案したことを意味している。

 

このパラダイムは、西ヨーロッパに起こった産業革命、産業資本家の登場、啓蒙主義思潮の波となって、人口が増加していた国々へ一気に拡散した。とくにイギリス人は、ワット式蒸気機関の発明が産業革命の引き金であることを主張する。たしかに、産業用動力装置の開発では、革命的業績といってよいが、この時期、産業用動力装置の開発は多くのところで行われていた。50年後には電動モーターが出現する。産業用動力装置は、工場生産にとって欠かせない動力装置ニーズであったことである。 工場生産は多くの企業で始まり、人力・家畜動力に、あるいは風力、水力に頼りながら行われていた。ドイツの化学産業(染料)、鉄鋼産業などは規模はともかく産業生産と呼ばれてもよい事業所数にあった。

  これらに対して、グーテンベルクの印刷術が、産業革命の道を拓き、第3文明のパラダイムを流れとして産み出した(ドラッカー、1965)という考えが生まれた。編集・印刷テクノロジーが、知識の有効な再利用を可能にしたというのである。グーテンベルク以降、最初の大規模な出版事業として行われた「百科全書」(全28巻(本文17、図版11)、全項目数71,709、1752年刊行開始)の業績は、啓蒙主義運動の一翼であっただけでなく、人類に知識の獲得、再利用、普及という革命的体験をもたらした。テクノロジーということばもこのなかで生まれたという。 いま、われわれは全体として第3文明のパラダイムとともに生きている。

 しかし、国とか、地域とか、統治機構や宗教に根ざす価値観、理念、信条などで、第2文明のパラダイムのなかで生まれたものが、進化せずに生き残り継続している。一方で、第4文明のパラダイムをリードするであろうプロトテクノロジーは、十分とはいえないが登場している。


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