キャリア・コンサルタント協同組合 風 巻 融
製造業の社長[1]は最先端テクノロジーを良く知る人物であることが必要である。できることなら、MSかPhDの学位とMBAの学位を併せ持つべきである。社長は、つねに、自社事業のマーケティングリスクとテクノロジーリスクを冷静に把握し、展望できるポジションにたたねばならない。その最もよい成功例として、HP社の創立者であるウイリアム・ヒューレットとデイビッド・パッカード[2]、インテル社の創立者であるロバート・ノイス、ゴードン・ムーア、アンドルー・グローブの三人、アップル社のスティーブ・ジョブス、マイクロソフト社のビル・ゲイツなど、いまやテクノアントレプレナーのレジェンドとしてあげて良いであろう。
彼等は、テクノロジー史において、時代を画する突破口的な商品を開発して、事業を起した人々であり、それよりも、テクノアントレプレナーシップのシリコンバーレイモデル[3]としても名高い。いずれもMBA学位は持っていなかったが、新商品のマーケティ
ングリスクとテクノロジーリスクを的確に投資家(ベンチャーキャピタリスト)に説明し、納得させる力量を発揮した。
[1]
本稿では、社長とはアメリカ流のCEO(最高経営執行役員)としての責任を担う経営者という意味合いで用いる。日本の会社法(349条など)にはCEOの法的規定は無い。最近、日本でよく見られるのは、代表取締役CEO、代表取締役COO社長執行役員などの例で、349条に基いて会社の代表権を与える一方、CEO、COO、CTO、CFOなどの職務規程(Job Description)を社内規定として設けるやりかたである。
[2]ここでは、1999年に分割される以前の”Hewlett Packard Company,”(1939設立)
を指す。
[3]シリコンバーレイには、4回もしくは5回のバブルと崩壊があった。それぞれ異 った新市場が爆発的に形成され、突破口的な新商品とテクノロジーが生成され、 それぞれのフェーズにおいて、ベンチャキャピタリストの支援を得て中小企業か ら出発した世界企業が産み出された。その総称をシリコンバーレイモデルと呼ぶ。
相手はベンチャキャピタリストだけではない。社内のCFO(財務執行役員)に好意を
もって受入れられる必要がある。技術のイノベーション、新商品開発にはテクノロジーリスク(テクノロジーが成功するかどうか)がつねにある。場合によっては、途中でサスペンドしなければならなくなったり、延期せざるを得なくなったり、予算の増額をしなければならなくなることは覚悟しなければならない。その都度、財務キャッシュフローの変更が必要になる。
そのための変更ルールをPDCAサイクルに、CFOの信用を損なわないように組み込んでおく必要がある。イノベーションとか、開発の評価の物差しは、通常の業務プロセスの評価基準では検証できない。新しいことをやるわけだから、それに相応しい
評価基準をつくりながら、段階毎に前へ進めなければならない。この点が、開発マネージメントのもっとも難しい点である。
CEOとCFOの認識にギャップが生じ、その開きが大きくなり過ぎると危険である。一般に、イノベーションとか、テクノロジー開発などは「よく解らない」と口にするCFOは少なくない。イノベーションとか、開発に要する費用は投資キャッシュフローとして運用・管理・評価されるものであるが、その責任者が持つべき市場とテクノロジーのダイナミズムに対する理解が、ビジネス雑誌レベルでは経営の将来は危うい。上図は、CEO、COO、CTO、CFOが、つねに共通認識に立つための、基本構想である。この種のプランの表し方や、要求精度については、各企業の事業特性によって、それぞれ工夫がある筈で、これが唯一のものではないが、イノベーションと開発に要する費用を投資キャッシュフローとして捉え、開発のPDCAを展開するルールの基準は必要不可欠である。
CFOやベンチャキャピタリストが熱心に評価しようとするのは、ROE(Return On Equi-
Ty)(株主資本収益)がいつプラスに転じるか、そしてその信頼性はどうかという点である。
イノベーションとか商品/テクノロジー開発は、もともとマーケティングリスクとテクノロジーリスクが一体となったものへの挑戦である。マーケティングリスクとは、市場投入された商品が、機会損失なく、市場ニーズを具体的な需要としてキャッチアップできるかどうかの事前予知の問題である。いいかえれば、「わが社のテクノロジーは、ニーズにあった商品を創り出せるか」というリスクである。これこそマーケティングリスクとテクノロジーリスクに挑戦する時の根本課題を浮上させてくれる。
マーケティングの立場からすれば、ニーズの捉え方は正しいか、核心となる主要なニーズはなにか、ニーズと考えられるものを十分に把握し、アイテマイズし、重要度を共有しているかなどの疑問を、PDCAサイクルのなかに組み込んで、的確に検証することの難しさにあるからだ。
テクノロジー開発の立場からすれば、開発の目標はニーズに適合するか、テクノロジーの壁を破って目標に到達できるか、実現手段に用いる関連/周辺テクノロジーは十分に利用可能か、その中に開発リスクがある場合にどう対処するか、核心となる主要な開発課題はなにか、課題と考えられるものを十分に把握し、アイテマイズし、重要度を共有しているかなどの課題設定を、PDCAサイクルのなかに組み込んで、的確に検証することの難しさがあるからだ。
ニーズは必ずマスク(覆いに被さる)されており、全貌はなかなか見えないものである。これが主要なニーズだと思っていたら違っていることもしばしばである。顧客ユーザー自身が、自分のニーズを間違っていることすらある。とくに、先端技術に関わっていて、厳重な箝口令がかかっているような場合、こちらのストレートな質問には殆ど満足な答えは得られない。お互いに「葦の随から天井覗く」状態が続くことがある。
しかしエマージングニーズは、世界が活動している限りかならずある。マスクされたエマージングニーズは、その情報を求め、高いモティベーションをもって知識として集積しようと努力する者にしか見えて来ない。全社をあげて、これができるかどうかは組織論より企業文化論、企業形態論より情報システム構造論的な掘り下げが必要である。
私見であるが、戦略マーケティング執行役員(SMO : Strategic Marketing Officer)とでもいうべき担当者を置き、CEOに「マーケティングは全社でやるものだ」とでもいう理念を吹き込んで貰うのが、大きな戦力アップになる。執行役員クラスの適材がいれば、それが望ましいが、いなければ、10年がかりで育てるつもりで、MSで5年以上のキャリアの人間を抜擢し、課長もしくは部長の職位を付与すればよい。あとは、彼のモティベーションと技術的博識さと、有用で新しい物事に対する知覚力を高めるために、CEOが上手に育てることが必要である。
SMO役はCEO直属とするが、ライン上の統治権限はいっさい持たせず、ひたすらCEOの「ブレーントラスト」の事務局長と戦略マーケティングの調査に専念させる。そのための費用を、CEO室等に、SMOの旅費交通費、会議費、交際費、資料購入費の予算を組み、彼の裁量で使えるようにする。
CEO・社長のブレーントラストをつくる必要がある。SMO役のミッッションは、会社内に蓄積された、もしくが蓄積すべき、知識経営資源を社内外から発掘し、CEOの知識として利用可能なかたちに集積することである。CEOの心得としては、助さん/格さんや代弁者としてはならないことである。
次回以降で、成功するブレーントラストのモデルを構想してみたい。
つづく