キャリア・コンサルタント協同組合 風 巻 融
先行リサーチであれ、実施計画であれ、商品開発プロジェクトを動かせば、直ちに費用が発生する。この費用は全てキャッシュで発生する。事前に予定することはできるが、しばしば、非常に高額である。
厄介なことに、すぐにキャッシュは作れない。商品開発は、技術革新が大きな比重をもつイノベーションで、ちょっと油断していると、「花形商品」であったものが、5年から20年位の間にまったく市場ニーズの無い市場と向き合っている商品に成り下がることがある。2007年にアップル社のiPoneが登場すると、在来型の携帯電話は市場価値が低下し、なかには撤退したり、身売りをする企業まで現れた。
イノベーションとは、付加価値生産性を革新することの総称をいう。全てのイノベーションは、その成果が計算できるようになるまでにタイムラグがある。改善でも、商品開発でも同じである。キャッシュだけが発生し、リターンがまだ計上できない状態がある。したがって、市場ニーズが変化する前に、誰にもエマージングニーズが眼に見えるようになる前に、先行して成功させなければ意味が無い。
企業に所属するテクノロジストは、エマージングニーズの変化に非常に敏感であると共に、それに対応する自身の活動が、いつ、どういうキャッシュを発生させているかを熟知している人のことである。同時に、発生したキャッシュが成果物を産み出し、その成果物によってリターンキャッシュ(ROE : Return On Equity : 自己資本収益率)が得られる仕組みを熟知している人のことである。
通常、企業活動の成果は、損益計算書(P/L)や資産と負債のバランスシート(B/S)、その他で現される。これらはノンキャッシュと呼ばれ、ここからはキャッシュの状態は解らない。
キャッシュの状態を解るようにするため、業務キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフローの三つに分けてマネジされる。業務キャッシュフローとは、現在の生業としての商品の販売代金の回収、材料・部品などの仕入れ代金決済、生産に係る直接費用支払、人件費支払、諸税納付、旅費/移動費/運搬費支払等々の現金による入/出金を、P/LならびにB/Sにリンクした形式で表示したものである。もっぱら生産・販売に伴うキャッシュの動きを表わす。いいかえれば、現在の生業商品のPDCAサイクルをキャッシュの流れで捉えたものである。一決算期を超えるPDCAサイクルは、隣接した前後の期に跨がるものに限定し把握し、設計や試作のような開発/イノベーションのためのキャッシュは含めないのが原則である。(たとえば、建築やプラントのような大型構築物商品の場合には、それぞれ業界特有のやりかたがある)。
p font class="mpm"> 開発/イノベーションのためのキャッシュフローは、投資キャッシュフローとしてマネジされるべきである。投資キャッシュフローの計画が明確で、なおかつ、成功期待確率が高いとCEOが信じられないときには、そのような計画はCEOの承認は得られない。
開発/イノベーションのために必要なキャッシュは、内部留保から充当されるのが最も望ましい。事実、内部留保は、企業の将来の発展のために一時的に留保された宝物なのだから、将来の主力商品開発のために使われるべきである。
会社は、将来の次世代主力商品と次世代のテクノロジーの開発のほかに、現世代の市場地位を維持し続けるための「金のなる木」・現在の主力商品ファミリーの強化にもキャッシュが必要である。よく起こりがちなことは、AT(Additive Technology)主題、CT(Complementary Technology)主題とBT(Breakthrough Technology)主題の間で、キャッシュの奪い合いである。有限なキャッシュの配分である限り、CTOの裁量に従って貰うしか無いのであるが、CTOは担当プロジェクトリーダーとよく話し合って不満が残らないようにすることである。ATやCT主題の担当者達には、「花形商品」、「金のなる木」を開発して来たという勢いがあり、現在の内部留保は自分たちが産み出したと言わんばかりの自負がある。しかし、この自負心は殆どの場合、誤ったモティベーションによることが多い。「花形商品」や「金のなる木」を産み出した最初の提案者が誰で、決定的なアイデアを出したのが誰かが明確でない場合、それらの貢献度が正しく評価されていないと、自称功労者が群雄割拠する。「花形商品」や「金のなる木」は担当事業部門の数多くのイノベーションの集積なのである。特定の開発部門の功績は、プロトタイプを作ったことに留めるべきである。
BT主題については、CEOとCTOの信頼関係・意思統一は極めて重要になる。ハイテクを売物にする企業の場合、CEOはテクノロジストでなければ務まらない。何故なら、経営上の重要決定は、全て高度なテクノロジーの問題を含んでいるからである。いかに高度のテクノロジスト経験のある両者であっても、得意とする専門領域にはずれがあったり、懸け離れていたりする。さらに、両者の専門領域から懸け離れた、有力なBT主題の提案があったときに、この主題に対するエマージングニーズ認識を共有するには、相当の努力と解決を探索するためのルールとマナーが必要になる。結論は、両者で協力して、将来のCTO候補を育てること、必要ならリクルートすることについて、予め明文の覚書を残して置くことである。CTOに、執行役員の利益相反に係る不正でもない限り、CEOはCTOを首にしてはならない。
内部留保だけでは投資キャッシュは十分ではない。次世代主力商品と次世代のテクノロジーの開発が成功し、市場投入に漕ぎ着けるには、大規模な生産設備や新工場の建設、新しい生産テクノロジーと新しいソフトウェアプロダクツの同時並行的な開発、それらに関わるテクノロジストの能力開発・養成・採用、新しいロジスティクスの開発、等々と投資キャッシュは巨大なものが必要になる。
長期資金借入、新株発行、転換社債の発行など、外部からキャッシュを調達するのが通常とられる方策であるが、財務キャッシュフローの領域であり、もっぱらCFOの責任で組立てられる。同時に金融市場の原理が強力に作用する分野であり、プロジェクトの成功を担保できる十分な金融資産がなければ、いかに優秀なCFOでも動きがとれない。
会社に金融資産があるだけでは十分ではない。CFOをはじめ財務部門のスタッフから、CEO、CTO、SMOとテクノロジー部門のスタッフに厚い信任が寄せられていなければ、新規事業、次世代商品開発のためのタイムリーな投資キャッシュフローは作ってもらえない。これは、新しいテクノロジーと市場の変化を良く理解していなければあり得ないことである。次世代テクノロジーの目鼻立ちが未だはっきりしていない時機から、CEOのブレーントラストに財務部門のスタッフに入って貰い、他企業に5年から10年先行した新しいテクノロジーと市場の変化についての現実的知識を修得し、共有することに務めなければならない。そのとき、先に示した開発投資キャッシュフローモデルを使い、ある時点におけるロードマップとして知識共有の基準として使えるようにするのが賢いやりかたである。
一般に、リスクの概念は、人や企業風土によって、ばらばらで誤って使われることが多い。本来、リスク概念は公衆衛生分野で、ウィールスの人獣共通感染の危険確率を、感染リスクとして捉えたのが始まりで、リスクとは感染危険確率と同義語である。感染を回避するには、ワクチンの使用が有効であることが解ってから、危険回避確率としても用いられるようになった。ウィールスという危険生命物質は、種類や型が多くあり、単一のワクチンで全てのウィールスに効果を上げることは、原理的にあり得ない。インフルエンザのような感染力の強い疾患でも、流行しているウィールスを培養し、無害化して、抗体を採り出したものがワクチンである。感染リスクを回避するには、予めある型の流行を予測してワクチンを生産して蓄えておかなければならない。流行を予測するには、感染/流行経路と考えられる地域に現れる何らかの兆しに着目して、あとは因果律で予測する。こうして計算された危険確率は、十分に社会生態学的には成果を上げているが、それほど高い精度ではない。
それより問題は、金融市場関係者、財務部門の人達のリスク概念は、おおむね「企業の収益や損失に影響を与える不確実な蓋然性」という理念に立脚していて、「ハイリスク、ハイリターン」等という表現に表れているように、収益不確実性(成功確率)と損失不確実性(失敗確率)を加えると0になるという錯覚に捕われているように思える。私はここでリスク論についてページをさく気はないが、ブレーントラストにおいては、開発における失敗確率をうやむやにせず、テクノロジーの目的律による成功確率を100%にできる、判定基準と判定ルールについて、予め冷静に話し合っておくことが必要である。
CEOのブレーントラストでは、実施計画の策定にあたっては、先に示した開発投資キャッシュフローモデルを使い、ROEをめぐって丁々発止の議論をやることによって、目的律とか、オブジェクト指向などということが何であるかが解ってくる筈である。
まず始めに、What will happen(因果律による予測。こうなるであろう予測)を廃して、 What could happen(目的律によるロードマップ、秘伝の知識の新しい体系化)の探索に全力を挙げることについての、ブレーントラスト全参加メンバーのコミットメントを取付けることから始める。
前回示した開発投資のキャッシュフローモデルのようなものを、知識の共有化の基軸とし、最もありうべきモデルを軸に、悲観的(グレイ)モデルと楽観的(バラ色)モデルも検討する。これはエマージングニーズをどう捉えるか、市場認識の共有に巾をもたせ、開発投資の加速/減速判断、上・下限値の修正の条件判別に備えるためである。
いずれにしても、エマージングな市場に対する共通認識こそ重要なのである。その核心となる未踏テクノロジーと要素未踏テクノロジーを開発できる成功確率の見通しはどうか。どのような新しいアイデア(リサーチクエスチョン)を想定しているかである。
次回は、目的律をもっと具体的に考えてみよう。